2009年3月13日金曜日

双鴨のこと



奥多摩湖畔に、35年くらい前まで操業していたと言う酒造場があった。場所は東京都の県境に近い山梨県丹波山村。「酒井酒造店」という蔵元さんで、「双鴨」という酒を醸していたと言う。

「双鴨」という名からは、水の上を優雅に泳ぐつがいの鴛鴦が連想され、平穏な幸福感、目出度さと言ったことが感じられる。秀逸な命名ではないかと思ったものだ。

しかし、山梨県丹波山村と言えば、奥多摩湖の上流の山村である。そもそもこんなところで酒造業を営んで、採算が取れたのだろうかというのが、最初に浮かんだ素朴な疑問だ。

一ヶ月近く前になるが、日本酒好きの知り合いのたけさんが仲間と一緒に、この双鴨の調査取材に行くと言うので、私も同行させてもらった。

取材では、かつてこの酒造場の跡地や、村役場、酒店、神社、お寺などを訪ね歩き、最終的に双鴨の先代蔵元と親しかったという古老にたどり着く。

この古老から、戦後まだ日本人が貧しく生活も苦しかった頃のお話を伺っていくと、当時の人々と日本酒との関わりというものが、おぼろげに見えてきたように思えた。

酒が一升550円した時代に、日当がニコヨン、つまり240円だったと言うほど、清酒は贅沢品であった。それでも、酒はよく売れて酒蔵は儲かった。なぜか?

交通が未発達で、丹波山村や近隣の村で入手できるのは双鴨か、一部の高級な灘の酒だけという状況で、酒の定番はこの地域では双鴨だけだったということもある。しかし、当時は、葬式、結婚式、祭り、正月などには酒が必ず必要であったということも大きな要因だったようだ。当時人々は貧しかったであろうに、冠婚葬祭やその他の重要な行事で清酒を欠かすことが出来ない機会は多かった。それほど酒は人々の生活に重要な意味があったのだろう。

かつては、この丹波山村の至るところで清酒「双鴨」を見かける機会は多かったことであろう。だが、現代の丹波山村を車で走ってみると、看板などから目に飛び込んで来るのは、もはや「双鴨」ではなく東京の地酒「澤乃井」の文字ばかりである。



本日の酒
高尾山(中島酒造場)
東京都八王子市の高尾山に、軽くハイキングしたときに、山の上で燗をしていただきました。甘くやさしい味がしました。なんの変哲もない普通酒ですが、飲んでいて楽しくなりました。楽しく飲める酒こそが、一番素晴らしい酒ではないでしょうか?
アルコール度:15-16%



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